ビユーティフルネーム 〜ココちゃんと隊長〜

動物好きのシニアと保護犬ココちゃんの実話をもとに童話をつくりました。
ぜひ、みんなで読んでみてください。


さく/なかくぼ さえこ
え/やまもと さとこ


小高い丘のふもと。
ちいさくて美しい街があった。
この街に住む人ならだれもが一度は目にしたことがあるパレードが今日もはじまる。
先頭を行くのはひとりのおじさん。
その後ろには、いぬ、いぬ、いぬ、ねこ、ねこ、ねこ、おじさんの肩にはことり、反対側の肩にもことり、最後をゆっくり歩くのはカメ。
毎日、朝と夕方に。
ときどき、お月様がきれいな夜にも。
たまには、少しくらいの雨ふりでも。
パレードは街をゆく。
人びとはいつからかこのパレードの一行を「隊長とかぞく」と呼んだ。

隊長の家には「かぞく」がいっぱい。
隊長と奥さん、いぬ、いぬ、いぬ、ねこ、ねこ、ねこ、ことり、ことり、カメ。
パレードに加わって街を歩くことはできない魚もいる。
ふたりと3びきと3びきと2わと1ぴきと5ひき。
隊長と奥さんは朝起きると「かぞく」のあさごはんをふたりでつくる。
<おなかがすいたよ!>
<朝ごはんまだぁ?>
<はらぺこ!ぺこぺこ!>
「かぞく」たちが騒ぎ出して、それが大合唱にならないよう。
隊長と奥さんは、たぶん街でいちばん早起き。
 
 
 
いぬもねこもことりもかめもおさかなも、みんないっしょに朝ごはん。
<ごちそうさま。おなかいっぱい!>
<おかわり!>
<おやつはなに?>
<ごはん食べたばかりなのに、くいしんぼうだね>
いぬやねこやことりやかめやおさかなたちがそんなおしゃべりをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
<おきゃくさんだよ!>
<あれ? なんだか声がきこえるぞ>
<ほんとだ! すごくおこってる>
<ちがうよ。あれはこわがってる声だ>
やってきたのは一体どんなお客様?。
 
 
 
お客様はご婦人と1とうの犬。
 
ご婦人は優しい声で「かぞく」にあいさつ。
ところが犬は相変わらずおこったようなこわがっているようなうなり声。
 
<ねぇ、どうしておこってるの?>
<ニンゲンだいきらい!>
<ねぇ、なんでこわがってるの?>
<ニンゲンいじめてくる!>
<きみの「かぞく」は?>
<みんなバラバラ>
<ひとりぼっちなの?>
 
犬はだまった。
とてもかなしく、さびしい目。
 
 
 
犬の家は丘のむこうの森の中。
でもそこに家なんかない。
飼い主もいない。
おなかがすいたら自分で食べ物をさがす。
ねむたくなったら草むらで横たわる。
ひどい雨やこごえるような雪の日は
ほらあなやニンゲンが捨てたゴミのすきまで身を守る。
 
<それでも楽しかった…家族がいたから…>
 
犬は目を閉じた。
からだがきゅっと小さくなった。
 
 
 
ご婦人が話し始めた
 
「人間に飼われていた親犬が街はずれの丘にすてられて、この子はそこで産まれました。人間と一緒に生活をしたことがないので警戒心や攻撃性が強く、収容所では殺処分の対象になっています」
 
<むずかしい言葉がいっぱいだね>
<でも、聞いたことがある話だよ>
<楽しい話じゃないことはわかる>
<なんだか悲しくなってきた…>
 
しばらくすると、ご婦人は「この子」と呼ばれた犬を置いて帰った。
 
部屋の中はいつもよりしんとして空気が止まったよう。
 
 
「「かぞくかいぎ」をはじめよう」
隊長が言った。
 
これまでにも何度か「かぞくかいぎ」があった。
そのことをみんな思い出した。
みんながそろってひとつのことを話し合い
大事なことを決めることを「かぞくかいぎ」と言う。
それは隊長が教えてくれたこと。
 
<警戒心ってなぁに?>
「なにが起こるかわからないから気をつけなくちゃいけないっていう気持ちだよ」
<攻撃性ってなぁに?>
「敵をやっつけたり自分を守るためならすすんで戦うぞっていう気性だよ」
<収容所ってなぁに?>
「飼い主のいない犬や猫を集めて住まわせる施設だよ」
<殺処分ってなぁに?>
「それは、とっても悲しくて恐ろしいことだよ…」
 
隊長はふぅーっとひとつ息を吐いた。
 
 
 
<思い出した!>
<わたしも!>
<ぼくも!>
 
<みんな収容所からここへやってきたんだ!>
 
「そう。みんな収容所からここへやってきた」

<ここへ来て、かぞくになったんだ!>
 
「そう。ここで一緒に暮らして家族になった」
 
<みんな最初はかぞくじゃなかった>
 
ずっと「かぞく」だと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
かつての家族とは遠い日に離ればなれになった。隊長と楽しく暮らしていたから忘れていただけのこと。
どうしてすてられたの?
かわいくなくなったから?
きらわれるようなことをしたから?
ほえたり、かんだり、ひっかいたり
わるいことををいっぱいしたから?
いうことをきかなかった?
くさかった?
きたなかった?
いっしょに暮らせなくなるような
どうしようもないことがおこった?
 
「きみたちはみんな悪くないんだよ」
 
隊長が「かぞく」たちに静かに語りかける。
 
「みんな生きてる」
 
ごはんを食べたり
うんちをしたり
息をすったり
息をはいたり
 
「別々のところで生まれて育ってきた僕たちが出会った」
 
親を亡くした子
置き去りにされた子
ひどく傷つけられた子
 
「みんな最初はおびえていたよ。この子のようにね」
 
隊長は犬を見た。
 
犬は、さっきよりもっと小さく見えた。
 
 
 
「さあ、みんなで考えよう。この子を迎えるかどうか」
 
<そんなの決まってる!>
 
わんわん、にゃおにゃお、ピーピー、キィキィ
 
<仲間にいれてあげようよ!>
<かぞくになろう!>
 
誰かが言った。
 
<じゃあ早速おひろめしよう!>
<パレードに出かけよう>
 
<まって!>
 
いちばん年寄りのかぞくが言った。
ビビアンという名のいぬ。
<あわてるのはよくないわ>
 
「そうだね、あわてなくてもいい」
 
<まだうちに来たばかりだもの>
 
みんなは自分がはじめて隊長の家にやってきたときのことを思い返してみた。

まわりがみんな敵に見えた。
いじわるされるかもしれないと怯えた。
きらわれちゃったらどうしよう。
また、ひとりぼっちになるの?
 
そんな不安な気持ちしかなかった。
 
でも、隊長と一緒に暮らすようになった。
気がつけば、不安なんてなくなった。
 
「しばらくみんなで見守ってあげよう」
 
隊長の言葉に「かぞく」たちは賛成した。
 
 
 
けれど犬は、
隊長とも「かぞく」たちとも
誰とも仲良しにならなかった。
 
「おはよう」も
「おやすみ」も
「いただきます」も
「ごちそうさま」も
「ありがとう」も
「ごめんなさい」も
 
言わない。
 
 
ごはんだってひとり。
寝るときだってひとり。
 
陽気なダルメシアンのディノスが
 
<一緒にかけっこしようよ!>と誘う。
返事がない。
 
食いしん坊のケリーが
 
<おやつ、わけてあげる!>と近寄る。
 
知らんぷり。
 
<あの子、おしゃべりしない>
<全然なかよくなれない>
 
「うんと時間がかかるかもしれないね」
 
みんなが犬と「かぞく」になれる日を心待ちにしていた。でも、その日はなかなか訪れそうにない。
 
見守るって難しい。
 
 
ある日。
 
「今日は秘密基地へ行こう」
 
隊長は「かぞく」たちを率いた。
 
もしかしたら犬と仲良しになれるかもしれないと思っていた。
 
<秘密基地ってなに?>
 
犬はそう思ったけれど、誰にも聞けない。
 
<誰とも仲良しになんてならない>
 
まだ、そう思っている。
 
車の中で「かぞく」たちが楽しそうに過ごしている。
 
いちばん後ろの席で
 
<ちっとも、楽しくない>
 
と犬は自分に言い聞かせる。
 
そうしていないと
もしかしたら
 
みんなと一緒に歌を歌ってしまいそう。
 
 
 
森の中の秘密基地。
 
犬が暮らしていた森とは別の場所。
 
だけど
 
木立の香りやきらきらの木漏れ日
風に草木がくすぐられる音
 
そんな全部が心地いい。
 
ガサガサっと
 
足元で音。
 
犬は思わず駆け出した。
 
まだ森で暮らしていた頃、よくカエルや野ねずみと遊んだ。それを思い出して。
 
「あっ!」
 
犬と隊長をつなげていたリードが手から離れた。
 
犬はすごい勢いで森の中を駆ける。
 
隊長と「かぞく」たちのもとから
犬は
一瞬の強い風のように去ってしまった。
 
 
 
みんなで犬を探した。
 
「おーい!」
<おーい!>
 
「どこにいるんだ」
<どこ?どこなの?>
 
ずいぶん歩いた。
犬は見つからない。
 
「おーい!」
 
<ねぇ隊長>
 
呼びかけたのはディノス。
 
<どうしてあの子に名前をつけなかったの?>
<名前を呼ばないと、自分が呼ばれてるってわからないよ>
 
ケリーも心配そう。
 
<きっと戻ってくるわ>
 
隊長に寄り添ってビビアンが祈るようにつぶやいた。

真夜中
 
三日月と星と夜鳴く鳥の深い響き
 
犬は草むらで今日の出来事を思い返す。
 
森の中を走り回った。
野ねずみやかえるを追いかけたり、小川の水を飲んだ。
これまでずっとそうやって生きてきた。
ひさしぶりに自由に過ごした。
楽しかった。
 
でも、どうしてだろう。
 
今はなんだかとってもさびしい。
 
<誰かが呼んでいないかな?>
 
自分を呼ぶ声がしないか耳を澄ましてみる。
ふと、考えた。
 
<でも、なんて呼ぶの?>
 
犬には名前がない。
 
みんなには名前があった。
 
ビビアン
ケリー
ディノス
 
そして
 
隊長
 
ねこにもことりたちにもカメにも魚にも名前があった。
 
でも、犬には名前がなかった。
これまで誰からも名前を呼ばれたことがない。
 
犬は思った。
 
<なまえで呼んで!>
 
隊長や奥さんがみんなを名前で呼んでいるのを聞いて本当はうらやましかった。
 
<なまえがほしい!>
 
すっと立ち上がる。
 
<みんなのところに帰らなくちゃ!>
 
暗闇の中から
光を求めて歩き出した。
 
 
 
隊長と「かぞく」たちは夜明けを待っていた。
森の入り口に停めた車の中で。
 
夜が明けたらみんなで犬を探しに行こう。
 
「もうすぐ夜が明ける」
 
隊長と「かぞく」たちは車を降りて、森の入口に向かい歩き始める。
 
まだ薄暗い夜明けの道
森の中からこちらに歩いてくる影
 
それは少し早足になり、やがて走り出した
 
<帰ってきた!>
<やったー!>
 
隊長と「かぞく」たちも駆け出した。
 
犬は、自分のほうに向かってくる隊長や「かぞく」たちがみんな笑っているのを見た。
 
だれかが自分を迎えてくれる。
それがこんなにうれしい気持ちになることだなんて知らなかった。
「おかえり!」
隊長が大きな声で手を振る。
 
<隊長! ビビアン、ケリー、ディノス!>
 
犬はみんなの名前を呼んだ。
 
<ただいま!>
 
みんなは、はじめてちゃんと犬の声を聞いた。
 
とても元気で明るい声だった。

その夜
また「かぞくかいぎ」が開かれ、とても大切なことが決まった。
 
「あなたは今日からココちゃんよ」
隊長の奥さんがそういってココちゃんの名前が入った首輪をプレゼントした。
 
「おめでとう」
<おめでとう>
 
首輪はとてもココちゃんに似合っていた。
 
ココちゃんはみんなにお礼を言う。
 
<ずっと名前が欲しかったことに気がついたよ。かわいい名前をありがとう!>
 
 
 
パレードに新しい「かぞく」が加わった。
 
「今日は記念すべき日だ」
隊長がうれしそうに言う。
 
<今日の先頭は隊長とココちゃんだよ>
 
ココちゃんは「ココちゃん」と呼ばれることがうれしくって仕方ない。
 
<隊長の新しい「かぞく」になったココちゃんだよ!>
そう言いながらパレードの先頭をいく。
 
街の人たちはみんな「はじめましてココちゃん」と呼びかけた。
ココちゃんは隊長の隣を胸を張って歩いた。
 
<ココちゃんだよ! すてきな名前でしょ!>
パレードは続く。
 
ココちゃんは隊長や「かぞく」たちとどこまでも一緒に歩いていきたいと思った。
 

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