NPO法人ペットライフネット設立記念セミナー
高齢者がペットと共に暮らせる社会をめざして(2)

講演【2】 「私がいなくなったら、この子はどうなるの?」

      檜山 洋子氏 (弁護士・ニューヨーク州弁護士)

檜山弁護士
今、私は42歳ですが、生まれてから今まで犬や猫を飼ったことがありません。ずっとペットを飼うことが夢でしたが、とうとうこの歳になって、しかも子供が生まれてしまったので、当分飼えないなと思っています。ただ子供が巣立って、夫も死んでしまって一人になったら是非犬か猫を飼いたいと思っております。

ということで、私は犬のことも猫のことも全く知りません。石井先生のお話を聞いていて、種類によって病気になりやすさが違う、飼いやすさが違うということを今日初めて知りました。人間でも、アメリカ人はこんな性格、フランス人はちょっと高貴だとかという違いがあるように、犬や猫たちも生まれた環境、気候、風土、文化に影響されているのだな、DNAの中に残っているんだなと思いながら拝聴しました。

最初に吉本さんからペットライフネットのお話をいただいた時に、プランの影も形もない状態で相談に来られたのですが、その時にはまだ、ペットの大切さが私にはピンと来なかったのです。それが、吉本さんやその周りのペットを飼う人たちの話を聞いていると、次第に私が子供を思う気持ちと全く同じではないかと感じるようになりました。私は、自分の子供が生まれてから、この子がある程度一人前になるまでは絶対に死ねないと思うようになりました。ペットを飼っている人たちも同じ気持ちなんだ、例えば高齢者の方であれば自分がいつ死んでしまうかもしれない、自分が死んだ後、この子(ペット)は幸せに生きていけるのかと心配になる気持ちは、私が子供を思う気持ちと全く同じなのだということが次第に分かってきたのです。それで、是非私も、ペットのことはほとんど知りませんが、法律のことならわかるのでお手伝いさせていただきたいと、仲間に入れてもらうことになったのです。

ということで、今日は法律のことについてお話ししたいと思いますので、よろしくお願いします。

ペットは遺産を受け取れない。

人間はだれでもいつかは死んでしまいます。死んだら、法律的にどうなるのでしょうか。持っている財産はどうなるのでしょうか。お金持ちもいれば、そうでない人もいます。お金持ちではない人でも財産はあります。その財産はどこにいってしまうのでしょうか?最近は“終活”、老いをどうするのかということが華々しく語られています。相続問題に関しても弁護士などいらないぐらいにご存知の方もたくさんいらっしゃいますが。

死んでしまったら相続が発生します。だれがその財産を受け取れるのでしょうか?そういうことは全部法律に書いてありますが、遺言で決めることもできます。ただし、その財産を受け取ることができるのは人だけなのです。残念ながらペットは受け取ることができません。

では、人間とペットの違いは何なのでしょうか? 現代は“人間はみな平等”と言われています。が、昔は奴隷制制度や、封建制度があって、人間であるにもかかわらず物と同じ扱いを受けた人たちがいたこともありました。人種、信条、性別、社会的身分、門地、そういうことによって差別を受けランク付けをされていたのです。しかし、日本国憲法が公布されて全ての人間が平等に扱われなければならないことになりました。全ての法律は日本国憲法に反しないように制定されなければなりませんが、その中に民法もあります。民法には「権利をだれが持つことができるか」ということが定めてあります。

民法の三条1項は、「私権の共有は出生に始まる」と定めています。私権とはわたくしの権利、公の権利と区別してこう呼ぶのですが、私権は人が生まれれば受け取ることができると書いてあります。

では、その私権とは何なのか、どんな権利を人は持つことができるのでしょうか。権利の概念は非常に難しく、いろいろな考え方があります。権利をどういう風に分類するかについてもいろいろ説があります。今日は一般的だと言われている分け方でご説明したいと思います。

一般的に、私権は、「財産権」か「非財産権」かに分けることができます。

まず、「財産権」について。
財産権の中には、所有権、抵当権のような、物権と呼ばれるものがあります。それから、ある人が別のある人に対して何かを請求する権利があります。それを債権といいます。それから著作権、特許権のような無体財産権があります。大きくこの3つにわけることができると言われています。

「非財産権」について。
例えば、名誉権、肖像権のような人格権、相続権、扶養請求権のような身分権、などです。

さきほど、私権の共有は出生に始まる、つまり、生まれたら権利を受けることができるという説明をしましたが、お腹の中の赤ちゃんはどうでしょうか?最初、豆粒のようだったのがだんだん大きくなって、人間の形になってきますよね。その胎児はまだ生まれてないので、民法上は人間としての権利を受けることができません。では、生まれたというのはどの瞬間なのでしょうか。頭が母体から少し出た状態でも「生まれた」ということで民法上人として扱われるのかという問題です。実際に、母体から胎児の身体の一部が露出した時点で、その露出部分に危害が加えられた、という事件があり、問題になりました。今は、全部露出説といって、胎児の体が全部母体から出た時点で法律上の人として扱われる説が一般的です。

いつ全部露出するかどうかは、お産がすんなりいくかどうかで決まります。ところが、民法の原則からすると、全部露出した時点で初めて人となり権利を享受することができることになっています。そうすると、例えば、出産中に父親が交通事故で亡くなった場合、全部露出するのが一瞬遅れたために相続できない、という事態にもなりかねません。しかし、それでは、「お産」という人知を超えた偶然の事象によって一人の人の人生が大きく左右されてしまいます。

そういう不都合があってはいけないので、民法では胎児は相続や損害賠償請求に関しては権利があるとしています。お父さんが遺言書を書いていて、お腹の赤ちゃんが生まれる前に亡くなってしまったとういう場合、胎児は生まれる前であっても、遺言で相続できるのです。

さて、先ほど、財産権の中には、物権、債権、無体財産権があると説明をしました。
物権とはあるものを直接排他的に支配する権利です。例えば、この腕時計の所有権を私は持っています。ですから、この腕時計を直接支配することができます。誰かがこれを取ろうとしたら、ダメだと排除する権利もあります。これが物権という権利です。

ペットは、民法上の「動産」、モノです。

人から直接排他的に支配される「モノ」にも、いろいろな分類方法があります。一般的な分け方としては、「不動産」とそれ以外の「動産」に分ける方法です。「不動産」というのは、大まかにいうと、土地と建物のことです。細かい話をすれば、土地は比較的分かりやすいのですが、建物はどの辺までが建物なのか、土地に生えている木はどうなるのかなど争いはあるところです。自宅の土地建物は典型的な不動産です。
「動産」というのは、この世の中の全ての物の中のから不動産を除いたものです。ペットである犬や猫も動産になります。不動産じゃないから、動産なのです。モノだから、人から排他的に支配される対象になります。ペット自身には権利がない、権利を行使されるモノなのです。

とはいえ、ペットは家族の一員ですよね。生活を共にしてわが子同然に育てている方がたくさんいらっしゃいます。それなのに、民法上はあくまでも動産です。法的地位はおもちゃなどの動産と同じです。おもちゃが権利を持たないのと同じようにペットも権利を持つことができません。いらなくなったら捨てられることだってあります。しかし、ペットは法的にはおもちゃと同じだからといって、その所有者が自由にペットを傷つけたり捨てたりしてもいいのでしょうか?ダメですよね。ペットは命あるもの、家族同然に育てているもの、そんなかわいいペットをいらなくなったからといって捨てたり、傷つけたりすることはできないですよね。そんなことができないのは道徳観念を持った人間なら当然の心情だと思いますが、中にはむごいことをする人がいます。

そこで「動物愛護法」という法律が定められています。「動物の愛護および管理に関する法律」というのが正式な名称ですが、そこには動物の虐待、遺棄をしてはいけない、健康及び安全の保護に努めてくださいということが定められています。この法律は意外と厳しく、これに反すると罰金刑が処せられます。ここまで保護されているのなら、動物愛護法でペットの相続権も認めてくれればいいのにと思うのですが、残念ながらそれは定められていません。だから飼い主が死亡しても、飼い主の遺産を相続することはできないのです。飼い主が遺言で、「私の全財産をこの子(ペット)に残します」と書いていたとしても、そのペットは飼い主の遺産を相続することはできません。それどころかペット自身が飼い主の遺産として、相続の目的物として扱われるのです。

ペットのゆくえ<その1>

yukue1おばあちゃんがタマを飼っていました。おじいちゃんがずいぶん前に亡くなって、おばあちゃんは一人暮らしをしていました。息子は独立して自分の家族と暮らしています。おばあちゃんとタマは長い間仲良く二人で生活をしてきましたが、おばあちゃんが先に亡くなってしまいました。この場合、一人息子がおばあちゃんの全財産を相続します。ということは、タマも財産のひとつとして一人息子に相続されます。下の絵のようないい家族でしたら子供たちもタマを大歓迎してくれるでしょう。しかし、おばあちゃんの子供が1人ではなく4~5人いる場合はどうでしょう。子供らみんなが元気で仲良ければ、兄弟全員で話し合って決めることができますが、兄弟のうち一人が亡くなっていてその子供たち(おばあちゃんの孫たち)が2~3人いるようなケースもあります。このようなケースの場合兄弟の子供たちもおばあちゃんの財産を相続する権利がありますので、相続人が大人数になり、その全員でタマをどうするか話し合わなければならなくなります。

ペットのゆくえ<その2>

yukue2もし、一人息子がとんでもないモンスターだったらどうでしょう? その家族もモンスターだったらタマを引き取ってもらうことはできないかもしれません。引き取られても、モンスター家族にいじめられるかもしれません。また、おばあちゃんの子供が一人だけでなく兄弟もたくさんいるような場合には、いい人とモンスターが寄り集まって遺産分割協議をしなければなりませんが、そうすると非常に揉めます。揉めている間、タマのもらい手も決まらないのですから、タマはどこに行けばいいのかわかりません。結局、捨てられることになってしまう可能性もあります。

我々弁護士に相談に来られる方は、相続人が何人もいて、長年かけて揉めていることがほとんです。その場合には、タマのようなペットは行き場がなくて困るのです。

ペットのゆくえ<その3>

yukue3次は、相続人がいないケースです。夫を亡くして寂しくなった奥さんは,犬のポチを飼うことにしました。 しかし,やはり、寂しさに耐えられなくなって、体調を崩し、せっかく家族の一員になったポチを残して亡くなってしまいました。 奥さんの両親は、既に亡くなっています。子供もいません。となると奥さんには相続人はいません。

奥さんが遺言書を書いていたとします。「ポチは、親友の花子さんにあげます」と書いてくれていれば、ポチは、花子さんにもらわれていくことができます。 ただ、花子さんにも人生があるので、花子さんがポチの面倒は見ることができないと判断してしまえば、ポチが花子さんにもらわれることはありません。その場合でもポチの所有権は花子さんにありますので、花子さんがポチを誰かにあげるか、処分してもらうことになります。

奥さんが遺言書を書いていなければ、ペットは国庫に帰属します。 しかし国が面倒をみてくれるわけはありません。おそらく、世話をすることが不可能ということで、処分されるのではないかと思われます。

この件についてインターネットで調べていると、政府の処分方針は見つけることができなかったのですが、一般的な殺処分についての資料が何度もでてきて目に留まりました。ペットを飼ったことはないとはいえ、これを読んでいると涙がでてきてしまいました。こういうことがないようにしたいと思いました。特に自分が大切にして育てたペットが、自分が死んだということだけで不遇な余生を送らなければならないというのは、非常に辛いことです。

是非このペットライフネットでペットの命を大切にするだけではなく、ペットを飼って不安に思っている人たちの心が安らぐようにしてあげたい、自分が病気をして散歩にも連れていってやれない、病院にも連れて行ってやれないという人が多いようですが、そういう人のお手伝いをしてあげたい、殺処分の情報を見れば見るほど、ペットライフネットを早く軌道にのせて殺処分の数を減らしていきたいと思いました。

ペットライフネットはいろいろな方法を考えています。
今から、信託を使った方法を説明していただきますが、その他にもいろいろなことを考えています。とはいえ、まだまだヒヨコですので、みなさんのご協力もいただきたいですし、辛辣なご意見も必要だと思っています。少しでも多くのペットの命を救い、少しでも多くの人の死に対する恐怖を和らげることができたらいいと思っています。
みなさんに是非ご参加いただいて、ご協力をいただきたいと思います。

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