今現在、ペットを保健所や愛護団体に持ち込む人たちの過半数が高齢者です(参考資料)。その理由は、「飼い主の死亡・病気・入院」がトップですが、第三位に「飼い主の引っ越し」が入っています。高齢者の引っ越しといえば、老人ホームや介護施設などへの入居です。これら高齢者施設のほとんどは、ペットとの同居を認めていないのが現状です。入居が決まった高齢者は、泣く泣く可愛がってきたペットを手放さざるをえなくなるわけです。
ペットと一緒に入居できる施設といえば、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」が広く知れ渡っています。7千軒ちかくある特別養護老人ホームのなかでも、ペットが飼える施設は「さくらの里 山科」が唯一といっても過言ではありません。高齢者にとって、ペットと今まで通り一緒に暮らすことはなかなか難しい時代になっています。そんななか、尼崎に犬を飼っているとてもユニークな高齢者福祉のグループハウス(老人福祉施設の「グループホーム」ではありません)があると耳にしました。それが、「グループハウス尼崎」です。
2代目菜々ちゃんが、みんなを見守り見守られ「普通のくらし」を支えています
尼崎市役所の一筋西北にウッドデッキが連なった平屋があります。のどかな感じのその建物がグループハウス尼崎です。玄関を入ると、細長い廊下が一直線に走っていて全体が一望できます。その真ん中に、畳敷きの生活援助員室があります。そこに、7歳になる菜奈ちゃんがいました。主任の下木薫子さんが「菜々ちゃん、見知らぬ人には咬むことがあるんですよ。気をつけて…」と、菜々ちゃんをけん制しながら、紹介してくれました。
グループハウス尼崎は、阪神淡路大震災(1995年)直後にできた「ケア付き仮設住宅」を98年に尼崎市が管理する福祉的な住宅として恒久化させたもの。グループハウスのコンセプトは、「自宅じゃないけど施設でもない」。普通のくらしが普通にでき、「入居者に必要以上の関与をしない」「出入りも就寝も食事も自由」。入居の条件は、入居者本人が本当に入居したいという意思が明確であること。下木さんは、「福祉的シェアハウス」と名付けておられました。
菜々ちゃんは、先代さくらちゃんの後を継ぎ、居住者みんなのペットとして暮らしのなかに溶け込んでいます。朝夕の散歩は、居住者や職員が連れて行きます。また、フードやおやつ、ペットシーツ、医療費などは、職員が毎月ワンコインを寄付する「菜々ちゃん基金」から拠出されます。ここでは、誰にも過度な負担をかけないで、ムリなく世話をすることが暗黙の決まりごとです。
菜々ちゃん、今年1月に92歳でなくなった仲武さんにことのほか可愛がられたといいます。食事をする仲武さんのひざの上にあごをおいておねだりをする菜々ちゃんのいじらしい写真が残されています。仲武さんの臨終の場には、菜々ちゃんも立ち会ってお見送りをしたそうです。
ペットは菜々ちゃんだけではありません。居住者の西田喜之さんは、チロルちゃんというトラ柄猫を飼っています。お邪魔した日は、西田さんはあいにくお留守でしたが、チロルちゃんは西田さんのベッドの真ん中で丸くなって休んでいました。私をみてもきょとんとした顔をしてみつめるだけ。逃げ出すわけでもなく、人馴れをした感じです。
ここでは、ペットと一緒に暮らすことをいやがる居住者はいません。菜々ちゃんが見知らぬ人が手を出すと咬むことも、みんなが知っていて、問題がおきないようにごく普通に気を遣っています。
高齢者福祉を考える上で、ペットの存在は無視できません。NPO法人動物愛護社会化推進協会が昨年実施したアンケートによると、「ペットとの暮らしで良い面は?」の質問に、60歳以上の方で「自分自身の健康に役立つ」と回答された方が58%。全体の平均より、13ポイント以上上回っていました。高齢者とペットが終生ともに暮らせる社会づくりがこれからますます重視されるのではないでしょうか。
グループハウス尼崎の概要
■所在地:兵庫県尼崎市七松町3-13-6
■運営:(社)阪神共同福祉会
■入居定員:16人
■スタッフ体制:24時間生活援助員が常駐(日勤1人、宿直1人)
■入居条件
・65歳以上の一人暮らしの人
・尼崎市に1年以上継続して暮らしている人
・介護保険上の要介護1または2の認定を受けている人
・月平均収入が188,000円以下の人
■入居者の負担額
・利用料:月額30,900円
・ケア費:月額8,010円
・その他:光熱費、共益費、食費、介護保険サービスの1割負担
■建物概要
・建物面積:625.15㎡
・構 造:鉄鋼系プレハブ造
・階 数:平屋建て
・居 室:全室個室(和室)、19.3㎡、洗面所・トイレ・収納付き
・共用空間:LDK(2か所)、浴室(2か所)、トイレ、生活援助員室
(吉本 由美子)